コラム

Fetish Stageのヒストリカルな部分に焦点あてた
コラムになるのではないかと思います(多分)。


記憶薄れ過ぎてきたので珍しく昔話をば text by Mikey

30年ほど前の年齢は20代半ば。映画やテレビ番組の仕事でロサンゼルスに飛び安モーテルで3カ月間の中期滞在契約し、サンセットブールバード沿いを拠点にして活動。1カ月ぐらいしてからだったか、ルーズベルトホテルで行なわれた打ち上げパーティでシモーネという細身で華奢そうな女性と知り合う。彼女のバッグからBONDAGE LIFEという以前、神田神保町のすずらん書店で目にしたことのある洋書エロ本のヘッダー文字部分がちょび出して見えた。シモーネに「そのマガジンは日本でも若干輸入されていて見たことがある」と言うと彼女はバッグから取り出し「これ私がモデルになって出ているマガジンなの。それの新刊が出たので出版元から今日いただいてきたばかり」と、シモーネが拘束されている写真が掲載されたBONDAGE LIFEを見せてきた。すると「あなた、ボンデージには興味あるの?」と聞いてきたので「日本ではマスメディアがファッションのアイコンでボンデージをボンテージと称し間違った方向へ導いているので常に憤りを感じていた」と返答。

その後、シモーネは日本のSM文化に興味抱いているとわかり色々と日本国内のアダルト文化から説明。「そういえばこのBONDAGE LIFEはその辺のブックスタンドで販売されてないけどなぜ?」と伺う(アメリカではブックスタンドで新聞や週刊誌、はたまた普通にエロ本まで売っている!)。返ってきた回答に驚いた。「ボンデージ系のマガジンはアメリカでも数種類発売されているけど、拘束されている女性のビジュアルが犯罪を連想させるのでFBIがブックスタンドのような公共の場では販売させないの。1950年代はボンデージ写真なんかもブックスタンドで売っているほど自由だったんだけど、FBIによって一斉摘発されてからそれ以降はポルノショップで秘密裏にしか買えなくなった」とシモーネはアメリカにおけるボンデージ文化を逆に教えてくれた。

パーティを終え一週間ぐらい経ってからか、宿泊先のモーテルにシモーネから電話が入る。「あなた、ボンデージに興味抱いていたし、日本から業務用ビデオカメラ持ってきていたので時間あるようだったらボンデージビデオ撮影の現場を手伝わない?1日100ドルほどしか貰えないけどどうする?」カリフォルニアの西海岸ボンデージカルチャーを生で体験できるとならば断わる理由はない。人生経験とはこんなもんです、はい。

呼ばれた場所はチャイニーズシアターから西へ進んだところのハリウッドブールバード入口角の大きなオフィスビル。スーツ姿のサラリーマンが沢山行き来しているビルでボンデージ?とふと疑問に思ったが、1階ロビーにシモーネから言伝されたという男性が現れ、エレベーターで10階だったか11階だったかに連れていかれる。エレベーターから降りるとワンフロアがエロビデオやエロ本の巣窟でそこいらに様々なVHS商品やポルノ雑誌が転がっているではないですか。なんじゃここ!?と思う間もなく、ワシが日本から持ってきていたENG(業務用ビデオカメラ)にβカムのテープを挿入し「チェックしてみて」と動くかどうかの確認作業。「ロケバスが到着するまで少々待ってて欲しい」とコーヒー&ドーナツを出されるも暇だったんでエロだらけのこのワンフロア全体を探索。

色々と社会科見学の如くうろつていると……なんと全米のインディーズ系含むエロビデオを統括している会社だったことが判明。このフロアにはハーモニーコンセプツやクローズアップコンセプツといった筋金入りのボンデージレーベルも在籍している他、当然普通の一般ポルノビデオも扱っているだけではなく男性向けゲイビデオまで作られているではないですか!フロアの一番端がマガジン部署になっててそこでBONDAGE LIFEや各種エロ本の雑誌編集をしていた。通販部署及び小売店発送部署では数にして80台ぐらだったか、大量のVHSデッキが置いてあり、そこでマスターテープからダビング作業しているのも目撃。しかもこのフロア、若い男女も普通に働いていてエロな匂いは全然感じられない不思議さ。アメリカではアダルトカルチャーって完全にビッグビジネスになっているんだなと実感。つまりVHS、パッケージの制作印刷、雑誌の制作印刷、通販から小売店への発送など全てこのワンフロアで賄っていることが判明。まさに作業。このフロアへエレベーターで降りるにはIDが必要になるので一般人やビルで働いている人でも社員証がないと無理。だってエレベーターの扉が開いた瞬間ゾンビが現れてくるごとく、エロ本エロ本エロ本!エロビデオエロビデオエロビデオ!だらけの光景が広がっているからね。

30分ほど時間が経過し、ロケバスが到着。ここからどこかのハウススタジオへ向かっての撮影になるのか……と思いきや、アメリカ人ののんびりさが炸裂。みんなでジャック・イン・ザ・ボックスっていうハンバーガー屋へ寄ってドライブスルーで昼食を購入。そこからロケバスは東へ2時間ぐらい走ったのかな、森の木々が生い茂る人気のない丘の上にある巨大な豪邸へ到着。ここで我々は合宿生活よろしくみんなで3日間過ごすわけで、夜になったらホッケーマスクの殺人鬼でも現れたらどうしようと頭のイカれた妄想ばかり駆け巡る。既に撮影モデルさんらが乗ったクルマは到着済で邸宅内にてヘアメイクの準備をしていた。話を伺うとこの大きな邸宅は役員が所有する別宅だそうで普段は住んでいなく一般の映画やテレビドラマ、ポルノビデオなどの撮影に使っているとのこと。ハウススタジオっていう概念は土地のあるアメリカにはあまりない様子だわな。

この巨大豪邸は部屋が12個もあってかくれんぼしたら見つからない自信があるほどのダンジョンっぽさが凄い。到着後30分ぐらいしてから全員集合してのブリーフィング開始。記憶では撮影モデルさんは8人。男優さんが2人。ビデオカメラマンはワシ含め4人。ヘアメイク担当の女性が2人。スチールカメラマンは2人。照明担当が確か4人。雑務アシスト担当が4人か5人。ディレクターが2人という大所帯。撮影チームは2つの班に分かれ、プールサイドで全裸の撮影モデルさんたちが一般ポルノビデオの撮影、ワシが参加するボンデージ撮影班は室内で一番奥の殺風景な部屋へと移動。スタッフ&キャストが多かったのはポルノビデオとボンデージビデオを同じ邸宅内使って同じ時間帯に撮るためだったのかとここで初めて知る。

半数に分かれて2班体制になった撮影クルー。でもワシらボンデージ撮影班には男優さんがついて来てない。プールサイドへ男優さんたちは向かったのでポルノ撮影終わったらこっちに合流するんかと思われたがその考えは違った。こっちの班に話を聞くと「今日のボンデージ撮影は男性との絡みはないよ」と。一体どんな撮影するんだろうと謎が深まるのだった……。殺風景の室内に到着し、今日撮影のレジュメを見せてもらうと普通に綿ロープを使用した緊縛系のボンデージ撮影だった。こっちにもプールサイドにも女の子は4人&4人。ホームインベージョンと書いてあったので展開された物語はリビングにくつろいでいる女性2人のところに覆面被った2人の女性が賊として登場するいわゆる緊縛強盗系って感じかな。金目の物を出せと銃を突きつけるもそんなものはないと言って2人はホグタイで縛られてしまう。この縛りも女の子たちが行なっていき、男性は介入一切なし。賊の2人は室内を荒らしていくも何も出てこないので仕方なくホグタイ状態の女性2人を弄んでいく。シーンチェンジで縛られている女性らは下着姿でトップレスにすらならない。賊の2人もなぜか下着姿になって覆面を脱いでしまうんでヘアメイクが整える。と、すったもんだやっているうちに4時間ぐらい経過して撮影終了。60分のVHSソフトにするそうで使える尺は撮りきれたと。プールサイドのポルノ撮影は既に終了しててワシら待ちだった。このデカい大邸宅の学校にあるような大きなジャグジー付きプールがある場所で初日撮影終了の打ち上げBBQパーティ。ハリウッド映画に出てきそうなこのシチュエーションは現実にあったんだとワシはニヤニヤが止まらんかった。

2日目。前夜のBBQパーティで飲み過ぎたからか午前中の記憶がうろ覚え。撮影はランチ終了後から行なうことだけは聞いていたんだけど、ボンデージ班のランチ摂取も11時前とかなり早め。その理由がのちに分かった。13時から撮影開始とレジュメを見せられるとTied&Tickledと書かれていた。これは一体なんだろうか……謎が深まるもワシはカメラ回すだけなので本番始まった時の楽しみにしとこうと。初日撮影した女の子たちが4人集まり、全員下着姿。もちろん初日で使った下着とはみんな違う。今回使用するのはガーターベルトやらテディなどブラ&パンティだけのシンプルな下着だけではなかった。で、撮影開始。女の子たち4人が下着姿でくじ引きをするシーンから撮影。ちなみに今回も裸はなし。くじ引きで順番決めが終わったらトップバッターはベッドに寝かされ両手両足を縛り付けられる。

ここまではフーンと特に驚きもなかったが……そこからがメインディッシュ。3人は縛り付けて身動きできない女の子をくすぐりまくる。足裏、脇腹、脇の下、首筋と悲鳴がこだまするほど絶叫させながらくすぐり責め。これは面白い。撮影する側も笑いが出てきそうなのを堪える方が大変。そこでワシからディレクターへ提案してみる。「縛られている女の子が暴れて左右に動きまくるので撮影しづらいから誰かお腹の上に馬乗りになって動きを制限させてくすぐるのはどうですか?」と。で、即採用。ランチを早く摂取させた理由もくすぐりでリバースゲボさせないためだったと理解。くじ引きの順番でベッド上でのくすぐり責めが4回分終わり休憩。次のシーンは懸垂健康器具に縛り付けての両腕真上状態からのくすぐり責め。今度は猿轡を使おうということで布、テープ、ボールギャグを用意。笑って大声出したら猿轡!と女の子たちは我慢しまくるも3人からくすぐられるとやっぱり無理。またここでワシから提案。「ボールギャグつけてマウスウォーター(涎)を垂らしたらお仕置きでくすぐり責めしていく女の子の人数増やしていくのはどうですか?」と。で、即採用。現場ではワシの提案が沢山通ったので大満足モードで2日目の撮影も無事終了。この日はケータリングサービスを呼んでカクテルとか作ってくれるボーイさんもいたりとかビックリするほど豪勢なパーティに。アメリカってスゲェェー。

3日目の最終日。今度はポルノ撮影していた女の子たちがボンデージ撮影に参加し、2日間撮影した女の子たちはプールサイドへ全裸で行って4人は総入れ替わり。アシスト担当たちがスーツケース4個引っ張り出してきておもむろに広げると……中には皮革拘束具がタップリドップリと!初めて生で見る漆黒のボンデージギアの数々に圧倒されつつ、ごちゃごちゃしてて使い方が全くわからんモード。特にボディハーネスなんてどうやって装着したらいいのかわからんちん。ワシの中ではくすぐり責め同様とても皮革拘束具の萌えポイントの多さにカルチャーショックを受けてしまった瞬間だった。装着方法がわからんほうが知恵の輪みたいで俄然ヤル気が出る。それとダイヤブロックとかプラモデルとか組み立てていくのが子どもの頃好きだったんで皮革拘束具はまさにそれ。撮影前に女の子たちへ装着テストを施し、カラダの柔らかさや手の長さ、肩幅のストロークからボディサイズによる装着状態のバランス感をチェックさせてもらった。ビデオカメラ回すよりこっちのほうが面白いではないですか。話を聞くと今回現場には来ていなかったシモーネがこれらの半分をハンドメイドで作ったとのこと。彼女は1980年代前半からボンデージモデルをしていて、80年代後期からはプロデューサーやディレクターも兼任しているそうで、こういう皮革拘束具も独自で作っていく才能があるとスタッフらはみんな感心していた。

いざ撮影開始。皮革拘束具の装着は男性陣みんなで行ない、女の子には10分間1人で拘束された状態からなぜか声出して脱出するべく悶えてもらう。男性との絡みがない形で10分間をピンで演技するって結構大変そうだった。間が中々持たない。それはビデオカメラ回しているワシの勝手な意見であるが、でもそこはプロ。女の子たちは指示通り動いてくれるから問題はなかったんだけどね。ディレクターも実際に皮革拘束具を手に取るまではどういう撮影していくか現場で決めていこうとしていたもんだからレジュメには詳細もなかった。で、ここでワシがまたもや提案してみる。折角拘束具がこれだけあるのだから女の子たちを敢えて裸にしないでキャットスーツやブーツなど着用してもらい肌の露出をなくしたうえで全身黒づくめにするのはどうですか?そして10分間のうちまず最初は拘束状態から始まり、3分経過した辺りから口枷で言葉を出させなくする。さらに3分経過したらアイマスクで視界も奪う。このステップバイステップで行なえば10分間は難しくないのでは?と。ディレクターらスタッフたちもこの提案に賛成でこれをテンプレートにして10分間の映像クリップを何本も終了時間目一杯まで量産。夕方17時になるまでみんなとワイワイやりながら撮影していたんでぶっちゃけ何本録ったか覚えてないんだけど、後日聞いてショックだったのはこの皮革拘束具を用いた撮影分のマスターテープを編集前に全部紛失してしまったそうな。スタッフいわく間違ってテープを上書き録画してしまった可能性ありと……。βカムはテープも高いので確かに上書きすることもあるけどバックアップぐらい用意しておけよなっていうのが本音。まぁ当時はデジタルじゃなかったんでそれは難しいか。この日の夜もケータリングサービスがやってきて、さらに良くわからんけど日本では知られてないカントリー歌手が来て演奏していたりなど何人かゲストも呼び、最終日らしく3日間を〆るフィナーレに相応しいパーティだった。

4日目の朝、ロケバスで宿泊先のモーテルまで送ってもらいギャラも3日間分300ドルを受け取り終了。日本のアダルトビデオの現場とは全く違い、カラッした感じで和気あいあいで笑いや会話の多い現場に驚きつつ、こんだけ楽しい撮影でお金までもらえるなんて幸せすぎだろとシモーネに感謝感謝。初めてアメリカでボンデージビデオの撮影に参加して驚いたのが男性との絡みがなく女性がピンで演技していても需要があって作品が売れることだった。日本だとやっぱり男性と絡まないとアダルト作品にはならずただのプロモーションビデオにしかならないんで、現場で生体験してのカルチャーショックの数々は今でも忘れられない想い出。ワシが全身黒づくめの衣装とくすぐり責めと皮革拘束具が好きになった切っ掛けでもあるし(未だにこれがFetish Stageのテンプレートとなっている)、日本でも大変ニッチな皮革拘束具というボンデージカルチャーを発信しようとFetish Stageなるフェティッシュ系サークル立ち上げの思い立った切っ掛けにもなったのでこの時に1日100ドルのギャラで撮影に参加していなかったら今のFetish StageもMikeyっていうキャラも誕生していなかったってわけ。特に撮影現場ではアームバインダーのシルエットがあまりにもフェティッシュで美しかったので4人のモデル全員に装着して撮影したほどLOVE!このロサンゼルスの現場では口枷は呼吸しやすいようにと意図的に開口系ギャグを頻繁に使ったので、日本に帰ってきてもその癖なのかこういうビジュアルを押し出していきたい気持ちが強く意識が妙に高くなったのか、いつしかアームバインダー+開口系ギャグがFetish Stageの代名詞になってしまった感もあり。

ほんで、日本への帰国間際にシモーネやスタッフら含めてランチして、彼女に撮影で使ったのと同じアームバインダーをハンドメイドで制作依頼する。日本への送料含めると350ドルかかるけどいい?って聞かれたのでOKと即答。結局撮影で稼いだ300ドルが彼女の懐へと流れ込んでいくのでした。だって仕事紹介してもらったのでイッテコイなのでこれでいいのだ!